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神様、仏様、イエス様、・・・と呼びかけて祈るように、「最後の神頼み」という言葉があります。どの神様でもいいから知っている神仏の名を挙げて、その御利益に与ろうということなのでしょう。それは信仰というよりも、習俗のようなものでしょう。
旧約聖書の古代イスラエルの民の先祖も、もとは多神教であったようです。しかし、その風土と歴史の中で唯一の神を信じるようになっていきました。ただ、彼らの周囲には常に異国の神々を信じる人々があり、古代イスラエル民族のような小さな民族は常にその脅威にあり影響を受けていたのです。やがて、彼らは唯一の神、主に対する畏敬の念から、みだりにその名を唱えることを禁じるようになったのです。
イエスは「わたしに向かって『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである」(マタイによる福音書7章21節)と言っています。
神の名によって物事を操作しようとするのは呪術になります。神の名を唱えることで自分を正当化するのは偽善となります。「天の父の御心を行う者」とは神を信頼しすべてを委ねる姿です。
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