教会問答について           
                
                        (2)
   前回の最後に、人間は自分が神の創造する力を分け与えられているのに、
  自分の被造物としての限界に気付くのが難しい、ということをお話しました。
  それでもなお、神が創造者であることや人間には限界があることを知り、
  これらのことを自分以外の人に伝えた人びとがおりました。
  そうでなければ私たちに信仰が伝えられることはなかったのではないでしょうか。
  それでは、それはどのような人びとであり、なぜ、彼らはそうすることができたのでしょうか。


  私たちの『教会問答』11番は、
  それを「神が契約によってお創りになったグループ」と述べています。
  その通りには違いありませんが、この辺の事情について、もう少し丁寧にお話を
  させて頂く必要があると思います。

   皆様は、旧約聖書の出エジプト記3章以下に、エジプトに在留する外国人の
  エジプト脱出の指導者として神がモーセを召し出したという記事があるのを
  ご存じだと思います。それは、モーセが神の山で燃える芝を見たとい物語の一部です。
  その物語の中で、神はモーセに「わたしはあなたの父の神である。
  アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と自己紹介します。

  少し飛びますが、申命記26章に古代イスラエルの信仰告白と呼ばれる記事があります。
  その冒頭に「わたしの先祖は、滅びゆく一アラム人であり、僅かな人を伴ってエジプトに下り、
  そこに寄留しました」という一節があります。
  その滅びゆく一アラム人がモーセの父、つまり、先祖のことだと言うことができます。
  アラム人はノアの箱舟が到達したと言われるアララテ山の近くから
  広くメソポタミア一帯に分布していました。グループはそれぞれに個性を持ってはいましたが、
  移動する各部族はそれぞれの神を持つという点で共通の要素を持っていたことが知られています。
  しかし、父たちの神とヤハウェとの決定的な違いは、ヤハウェがモーセのグループの
  「エジプトからの脱出とカナン定住」を実現した神だという点にあります。


  それでは、エジプトからの脱出に象徴されるモーセのグループの経験とは
  一体どのようなものだったのでしょうか。先ほど申し上げました、申命記
26章の信仰告白は、
  「大帝国エジプトはモーセのグループが強大になることを許さず、彼らに虐待を加えた」と
  述べています。そこで、モーセのグループが「先祖の神に助けを求めると、
  大いなる恐るべきこととしるしと奇跡をもって彼らをエジプトから導き出し、
  彼らにやがて定住する土地を与えられた」のでした。
  

  この一連のヤハウェの救済の働きを通して、モーセのグループは、
  自分たちを虐げたエジプトの王よりずっと強力で、弱者にこそ救いの手を差し伸べる、
  王なるヤハウェと出会ったのでした。それ以来モーセのグループ、つまり、
  イスラエルの民は、弱者にこそ救いの手を差し伸べるというヤハウェの業を
  自分たちの生きる基本姿勢とするようになったと言うことができます。


  さて、このような救済体験を、新たにイスラエルに加わった人びとや次の世代に継承することは、
  容易なことではありません。そこで、イスラエルは「エジプトからの脱出を経験した者が、
  弱者にこそ救いの手を差し伸べるヤハウェの業を自分たちの生きる基本姿勢とするようになった」
  ことを「契約」という考え方で表現するようになったと言うことができると思います。

  古代の国家間の条約では、条約を結んだ二つの国が定期的に条約文を
  公に朗読する条約の更新祭を行うことが義務づけられています。
  そこで、イスラエルも契約更新祭を行って、
  契約条項を毎年全員が朗読する機会を設けたのだと思います。

  このようにして、イスラエルはヤハウェと契約を結んだ民、
  つまりヤハウェの民として自分のことを受け止めるようになったということができます。
  私たちの『教会問答』
14番には、この契約を通して神は、
  「ヘブライの民を、全世界の人びとが神を信じるようになるための神の道具となる民と
  なさることを約束された」と述べています。それは、『教会問答』
15番にあるように、
  神は「選ばれた民が忠実であり、正義を愛し、憐れみを示し、神と共に謙遜に生きること」が
  できるようにして下さるということなのではないでしょうか。
  

  『教会問答』がその直後に触れている、「旧約聖書の」旧約とは、
  この契約のことであり、イエス・キリストの出来事によって新たに結ばれた契約を
  「新約」と呼ぶまで、「旧約」という言葉がなかったのは改めて申すまでもありません。


  さて、『教会問答』17番は、「十戒」を「神の意志を最もはっきりと示す個所」だとしていますが、
  神によってエジプトから救い出されたイスラエルが、守ることを誓った契約条項を凝縮したものと
  言うのが、より適切ではないかと思います。もちろん十戒は神に提示されたものですが、
  イスラエルはそれを守ることを約束したのでした。しかし、この契約更新祭の伝統は、
  その後に起こったイスラエルの政治体制の変動のせいで片隅に追いやられることになりました。
  少々乱暴かも知れませんが、祭儀規定だけを契約条項とする形に変えられてしまったと
  言うことができると思います。


  これは、イスラエルの民の責任というよりは、王たちの責任であったと言うべきだと思います。
  旧約聖書の列王記を読みますと、神との契約を無視する王がいかに多かったか分かります。
  そのような、政治的な環境の中で、神との契約の伝統を保ち続けた人びとがいたおかげで、
  今も私たちがそれを文章で読むことができることを感謝したいと思います。
  もし、そのような政治的な環境の変化の中を私たちが生きなければならないとしたら、
  私たちは果たして伝統に忠実に生き続けることができるでしょうか。
  

  『教会問答』
21番の\に「沈黙を守ることによって他の人びとを誤った方向に導かないために、
  事実を語ること」が十戒の一項として書かれています。これはもともと
  「偽証をしてはならない」という禁止命令です。しかし、この『教会問答』が言い換えるように、
  事実を語ることなく、沈黙を守ってしまう危険性を私たちはどう乗り越えることができるのか、
  そういう問いが投げかけられているように思えてなりません。

  「十戒」に照らして私たちの生き方を振り返ってみますと、
  「十戒」が私たち全てが持つそれぞれの限界を私たちに示す役割を担っていることが
  明らかになります。その私たちの限界のことを、教会は伝統的に「罪」という言葉で表現してきたと
  言うことができるのではないでしょうか。罪という伝統的な言葉で教会が言おうとしたことを、
  『教会問答』の
24番は「(人間が)神のみ心ではなく、自分の願い・意志を実現しようとすること、
  それによって神と隣人や被造物との関係が歪められること」と述べています。
  更に、「神との関係の歪みによって私たちから自由が奪われる」と
25番では語られています。
  つまり、教会が伝統的に「罪」と呼んで来たのは自覚の有無に関わらず、
  「人間の自由が奪われている現実」だということになります。


  ここで、イスラエルを回復不可能なまでに破壊することになったバビロニア捕囚という出来事に
  触れておきたいと思います。なぜならば、『教会問答』が「人間の罪」に非常に簡単に触れた後、
  つながりは分かりますが、余りにも唐突に「救い主」「メシア」へと
  主題を転換してしまっているからです。

  バビロニア捕囚は神の民イスラエルを徹底的に破壊した出来事でした。
  それでも、バビロニアに強制連行され、約
50年間その地で過ごさざるを得なかった
  旧イスラエルの指導者たちは、いろいろな形で自分たちの伝統を伝えようと努めました。
  ある人びとは、バビロニア帝国によるイスラエルの壊滅は、
  イスラエルによる神に対する背きのせいだとする観点から祖国の歴史を書きました。
  それによって、ヤハウェに忠実に生きることの重要性を訴えたのでありましょう。
  あるいは、預言者のグループに属していた人びとは伝承された預言の文書化に努め、
  あるいは、自分たちの預言活動を続けたことが明らかにされています。


  他方、廃墟となった捕囚期のエルサレムには、「残りの者」と呼ばれるイスラエルの庶民が
  残されました。しかし、後のヘロデ王の先祖のような、アラム系の非ユダヤ人が多数流入して
  雑婚が生じました。更に、捕囚から約
50年後には旧エリートが捕囚から帰還するのですから、
  エルサレムに、天地創造以前とも表現すべき、混沌が生じたのは想像に難くありません。

  このようにして、捕囚後の時代には、ハシディーム(敬虔派)と呼ばれる人びとを別として、
  自分こそイスラエルの正統派だと主張するグループ同士の内部対立が激しくなりました。
  だからこそ、メシアへの待望が高まったと言うことができます。

   時間が参りました。本日は以上で終わりまして、
  次回は「メシア」についてのお話から進めて参りたいと思います。